「『スパチャ』きっかけで借金地獄に……」Vtuberオタク40歳男性の末路
貧困には様々な要因が存在する。社会制度、教育の格差、あるいは単に運……。これらが複雑に絡み合っている以上、「貧困の理由は本人の資質の問題だ」という自己責任論を安易に唱えるのは避けるべきだろう。
一方で、本人の行動が直接貧困の原因となってしまったケースも残念ながら存在する。
今回は趣味に没頭するあまり借金を背負ってしまった男性をリポートする。
実家暮らし男性がアラフォーで出会った『推し』
「消費者金融4社から借金しています。全部で300万くらい。最初は10万円くらい借りただけなのに、返済日になっても返せないから別のところから借りて、結局そんな感じで雪だるま式に借金が増えていきました。一時期ヤミ金みたいなところからも借りた時があったのですが、流石に大変なことになって親が建て替えてくれました」
眼鏡をかけた中年男性は待ち合わせの喫茶店に入るなり私にまくし立てた。
タケシさん(仮名・40歳)は現在、千葉県のコンビニエンスストアでアルバイトをしている。
年収は200万円ほどだが、実家で暮らしているため生活するだけなら問題ないと言うタケシさん。実家で両親と暮らすことについて抵抗感はないという。
「実家暮らしのことですか? まったく気にしていません。親も安心してくれますし」
生まれてから一度も一人暮らしをしたことのないタケシさん。
昨今の『子供部屋おじさん』への風当たりもなんのそのである。
今も家事は全て母親がやってくれるという。着ている服について尋ねると、これもやはり母親が買ってきたものだそう。確かに少し子供っぽくも見えるイラストのついたトレーナーはいかにも母親が買ってきそうだ。
問題はなぜ借金を負うことになったのか。
この点についてタケシさんに尋ねると、彼は少し恥ずかしそうに教えてくれた。
「これなんですけど……」
差し出されたスマホにはアニメのような絵が映っている。
バーチャルユーチューバー、通称Vtuber。
美少女のイラストを基にした3DCG等をまとい、YouTubeのような動画プラットフォームで配信活動をする人々のことだ。
アニメキャラのような外見を持ちながら生身の人間のように喋る彼女達は『2.5次元』の存在としてネットユーザーの人気を博している。
「自分はそれまでアニメを見るくらいしか趣味がなかったのですが、ある日YouTubeで何気なく見て以来ハマってしまいました」
2017年頃から爆発的に増加したバーチャルユーチューバーの中には、YouTubeのチャンネル登録者数(=ファンの数)が100万人を超える有名人も多い。
およそ2年前、それまで自称「マイルドなオタク」だったタケシさんは、その有名Vtuberの一人であるHという配信者に心を奪われてしまった。
HはVtuberの事務所に所属しており、その事務所には他にもタケシさんの『推し』がたくさんいるという。
「いわゆる『箱推し』オタクに近いのかな。Hちゃん達はライブ配信をよくやってくれるので、それを全部リアルタイムで観たいと思ってフリーターになりました」
驚いたことに、Vtuberの配信を見るために正社員の仕事を辞めたというのだ。
元は大手メーカーの子会社で働くサラリーマンだったというタケシさん。
Vtuberは毎日のようにライブ配信をする。それらは単なる雑談であったりゲーム実況であったりするが、長さは時として数時間にも及ぶ。その配信を逃さずすべて見るためには会社員を辞めるしかなかった、と呆然とする私に説明してくれた。
にわかには信じがたいが、それだけ真剣に『推し』に真剣だったということなのだろう。
「仕事に熱意をもっていたわけでもないですし、恋人がいるわけでもない。自分はこのままなんとなく生きて死んでいくのかなと思っていた僕に、Hちゃんは生きる意味を教えてくれたんです」
そう言ってタケシさんはスマホを見つめうっとりする。その顔からはまるで少年のような純粋さを感じた。
『スーパーチャット』の悪魔的魅力
しかし、YouTubeの配信や動画の閲覧は無料でできるはずだ。
タケシさんがVtuberにハマったことと、300万円の借金を負うことにはどんなつながりがあるのだろう。
それにはまずYouTubeの機能である『スーパーチャット』(通称スパチャ)について説明する必要がある。
ライブ配信中、視聴者は配信者へ応援の気持ちを込めてお金を送ることができる。
その金額は100円~50000円で、視聴者が自由に設定できる。
ポイントは、このスパチャはコメント欄に表示され、スパチャを投げたタイミングで配信者に伝わるという点だ。
タケシさん曰く、スパチャを投げそれに対しVtuberからお礼を言われることはファンにとって何物にも代えがたい喜びだという。
「推しが直接『○○さんスパチャありがとう』って言ってくれるんですよ! Hちゃんほど人気になるとスパチャを投げる人も多いため、配信中逐一お礼というわけにはいきませんが、それでも配信の後にまとめて『スパチャ読み』(※スパチャをくれた人の名前を読み上げること)をしてくれます。自分の名前を呼んでもらえるのは本当にうれしいですし、何回も投げて認知してもらえたらもう最高です」
それまでこれといった趣味のなかったタケシさんは、このスパチャの魅力に完全に取りつかれてしまった。
正社員かつ実家暮らしを10年以上続け、さらに女性とも無縁だったため500万円近くの貯金があったタケシさんは、配信中の推しに対し上限額の50000円スパチャ、通称『赤スパ』を連日投げ続けた。
その甲斐あってか、タケシさんは推しの何人かにハンドルネームを覚えてもらうことに成功する。Vtuberのファン界隈でもタケシさんは有名な存在だったという。
「思えば、推しに認知されるだけではなく、他のオタク仲間から尊敬されるということにも快感を得ていたのかもしれません。周りのファンに対し、『俺は推しから認知されているんだ』という優越感もありました」
こうして推し達を買い支える大ファンとなったタケシさん。
タケシさんの応援のおかげ(?)で、応援するVtuber事務所は今や業界でもトップクラスの人気グループへ成長しているという。
しかし毎回赤スパを投げ、イベントにも欠かさず行き、グッズの大量購入などを行った結果、あっという間にタケシさんの預金残高はゼロになった。
オタク活動にのめりこむ一方、コンビニで働く時間は減っていき、赤字が続いた結果起きたことだった。
一日のほとんどをパソコンの前で過ごし、食事は自分の部屋まで母親に運んでもらうようになっていたタケシさん。
社会とのつながりはどんどん薄くなっていった。
「その時は全く自覚はありませんでした。はたから見れば完全に引きこもりのニートですよね。でもその時は社会とのつながりよりも、推しを応援するお金がないことの方がよっぽど重大だと思っていました」
筆者の感覚からすると異常な生活だが、両親からは特になにも言われなかったという。
「もともと放任主義な家庭でした。親にお金は渡していませんでしたが、逆に小遣いをねだったりもしていなかったのでお互いに不満はなかったと思います。正社員時代の貯金がそこそこあり、バイトもしているから大丈夫だと思われたんでしょう。ただそれだけに、貯金が底をついたことは親には言えませんでしたね……」
窮地に陥ってもなお、両親にはそのことを伝えなかったタケシさん。
今まで通り自分でなんとかしようとついに借金に手を出してしまう。
「少しだけなら……」多重債務から闇金へ
「最初はクレジットカードで10万円キャッシングしたことでした」
それまで借金をしたことはなかったという。
クレジットカードでスパチャやチケット代を決済していたタケシさん。
ある日とうとう口座残高がゼロになり、クレジットカード会社への返済ができなくなってしまった。そこで苦肉の策としてキャッシングで現金を手に入れた。
そこから先はまさに坂道を転げ落ちるように借金が増えていったという。
キャッシング利用枠の返済のために消費者金融から借り、その返済のために他の消費者金融からまた借りる。
典型的な多重債務だ。
「親には言えませんでした。親に心配をかけたくなかったので」
心配をかけたくなかったというが、実際のところは恥ずかしくて言えなかったのではないだろう。
多重債務に陥ってしまう人の中には、ギャンブルや風俗など人に言えないような原因で借金を作ってしまったと人が少なくない。
なかなか人に相談できないうちに、その場しのぎとして借金によって借金を返す自転車操業を繰り返し、結果として借金額が増えていくのだ。
Vtuberによって借金を背負ったタケシさんも似たようなケースだったのだろう。
ただ、残念なことにこの時期になってもまだタケシさんはVtuberに夢中だった。
依然として推しを買い支えるオタクとしての活動を辞めていなかったである。投げる赤スパの出所はもちろん借金だ。
「借金のことを考えると本当につらくて……一時的にでも癒してくれる彼女達についつい貢いでしまうんですよね……」
借金がある以上額が多少増えても変わらないという捨て鉢な考えもあったというが、この状況でもVtuberにお金を使おうとするのは異常と言わざるを得ない。
借金苦を癒すために借金を重ねては全く本末転倒である。
そのうちブラックリストに入り、消費者金融からも借りることができなくなってしまった。この時のタケシさんの借金総額は400万円に達していた。
消費者金融から借りることのできなくなったタケシさんはどうしたか?
闇金から借りたのである。
「今になって思えば本当に愚かでした。でも当時は本当に返済に必死で、冷静な判断ができなくなっていたんです。返済日までにどうにかお金を用意しないとと思って」
ネットで調べた違法な貸金業者から借りたのは、その月の消費者金融への返済額である30万円。
すぐに法外な利息を請求され、その支払いが少しでも遅れると強面の男達が家まで押しかけてきた。
「本当に怖かったです。取り立てに来たガラの悪い男が2人、ドアをガンガン叩いて……。もう隠せないと思ってその場で両親に全部話しました。とりあえず両親が利息の5万を払ってくれて、取り立て屋は帰っていきました」
ご両親も大層驚いたことだろう。
全てを両親に打ち明けたタケシさんはこっぴどく叱られ、闇金から借りた分は親に返済してもらうことになった。
借金の原因についてはVtuberとは言わずにFX(外国為替証拠金取引)で失敗したと嘘をついたという。
「私の両親はもう70代ですし、Vtuberを説明しても何のことだかわからないでしょうから」
そうは言うものの、やはりこの期に及んでも恥ずかしいという思いがあったのだろうか。
とにかく、嘘はついたもののタケシさんは両親に助けを求めることができたのである。
『推し活』は引退、バイト漬けの日々
借金取りが家に来た事件以来、タケシさんがVtuberの配信を見る時間はめっきり少なくなった。
かつては起きてから寝るまでパソコンの前にかじりついていたタケシさんだが、今では週に1時間、有志がアップロードする切り抜き動画を見るだけだという。
「見たくてもできないというのが実情です。とにかく暇さえあれば働けと親から言われますから」
消費者金融からの借金は自力で返済するよう親から厳命されたのだ。
闇金から借りた分を肩代わりしてもらった親に言われては、推しの応援に現を抜かしているわけにはいかない。
コンビニバイトの時間を増やし、シフト外にも単発のバイトをするようになった。
その上クレジットカードもすべて没収され、稼いだお金も両親に管理されているため、スパチャ等は全くできなくなった。ひたすらバイトをして借金を返済する毎日である。
幸いにも実家暮らしで衣食住を両親に頼っているため生活費はかからない。返済は順調に進んでいるようだ。
「この調子でいけば3年ほどで完済できると思います」
本人はまさに死に物狂いだったと思うが、皮肉にもVtuberにハマっていた頃よりも社会復帰ができているように見える。
それでも切り抜き動画を見ていることからもわかる通り、タケシさんはいまだにVtuberのファンだという。
「本編ではなく切り抜きを見るのは、他人のスパチャを見るのが悔しいからです。本当は私も投げたい。でもできないので、スパチャシーンを見なくて済む切り抜きを見るんです」
余計なお世話かもしれないが、借金を返済した後、タケシさんがまた同じ道をたどらないか少し不安になる。
それでも推しの魅力を語る彼の姿からは、誰かを応援することの素晴らしさを感じることができた。
自らの生活とのバランスを確保できる範囲内なら、『推し』に情熱を注ぐ人生も悪いことではないかもしれない。